会社概要

環境・施設

文化や芸術に触れ、感じることのできる豊かな心を一人ひとりに。

「製品のレベルは、それをつくり出す社員のレベルで決まる」と言われます。近年市場には物があふれ、選択肢の広がりに伴って商品を選ぶ基準がますます厳しくなってきました。消費者の心を捉える製品を生み出すためには、品質管理を徹底することはもちろん、前段階として企業を構成する「人」の育成が鍵となります。また広大な敷地を必要とするため、一般に工場は都市から離れた場所に建設されます。このことは、豊かな自然とひきかえに多くの問題を提起します。社員のレベルを高めるためにも今後さらに文化的に充実した環境整備を図ることが、必要となるでしょう。

当社では、新潟県を代表する彫塑家羽下修三氏と愛弟子の林昭三氏の作品を展示。「こんな所に」という意外性のある空間は、開放的雰囲気の中で社員や訪問客に芸術・文化に触れるひとときを提供しています。この憩いの時間こそは人の感性や精神レベルを向上させるだけでなく、製品の質を高め、開発・競争力を通じて企業発展の原動力となる「豊かな心」の創生につながると考えています。

  • 林 昭三 Syozo HAYASHI

    昭和10年(1935)新潟県佐渡郡畑野町に生まれる。
    32年羽下先生の門下生となる。師と寝食をともにし、ノミの研ぎ方から、材料の扱い方など基本から習った。33年に「こんこん雪」で県展初入選。37年に「漁磯」で日展初入選、その後も入選が続く。40年に羽下先生の紹介で上京して高橋剛先生(当時日展審査員)に師事する。55年「夏日」、56年「波涛」で連続して特選を受賞、以後日展無鑑査となる。その後も数多くの作品を発表している。
    高橋剛の影響を受けた作風で静の中にも健康的、躍動的な肢体の女性像を求める。
    現在、日展ならびに日彫展審査委員となり活躍中。

  • 高橋 剛 Go TAKAHASHI

    稽古場の踊り子

    大正10年(1921)に山形県酒田市に生まれる。
    祖父が宮彫り師で、父も美術院に所属し仏像彫刻をしていたので、自然に彫刻の道を進む。
    昭和16年に東京美術学校木彫科に入学、関野聖雲先生に師事。21年に東京美術学校木彫科を卒業し、24年より北村西望先生に師事。22年第3回日展に「希望」が初入選。その後、31年「踊り子」、32年「振付」、33年「バレエ・ダンサー」で連続して日展で特選を受賞。59年には内閣総理大臣賞、61年には、「稽古場の踊り子」で日本芸術院恩賜賞を授賞。平成3年没。
    日展参事、日本彫刻会理事・委員長を務める。作風は、堅実な写実をもって、無駄のない肉付けとバランス感覚、生命感ある躍動的なフォルムの中に、永遠の女性美を求めている。

  • 羽下 修三 Syuzo HAGA

    瞋恚(シンイ)

    明治24年(1891)新潟県中蒲原郡村松町(旧川内村川内)に生まれる。
    昭和50年没.24歳の時、愛妻トミさんと結婚する。その後、東京美術学校木彫科(現東京芸術大学彫刻科)に入学、木彫り彫刻を本格的に学び卒業。「光明へ」で帝展に初入選。昭和4年「春を萌ゆる」、5年「爛漫」と連続して特選となり無鑑査となる。8年永久無鑑査に推薦される。11~19年まで母校東京美術学校の助教授を勤める。20年帰郷して五泉市に住む。観音堂をアトリエとして郷里で制作活動を開始する。33年トミ夫人を亡くす。
    「瞋恚」はその後県展に出品されたもの。新潟県の文化財審査委員も努め県内の仏像美術に貢献。教え子には高橋剛など著名人多数、弟子には林昭三がいる。

    高村光雲、北村西望、関野聖雲を師と仰ぐ。
    インド風俗の女性像から、裸婦像、仏像まで広く木彫?をこなす。木を大事にし、道具を大事にして、写実的な中にも力強い作風である。