会社概要

沿革

1946(昭和21年) 故取締役名誉会長山﨑正が郷里小千谷の特産品「小千谷そば」に着目し、小千谷市鴻の巣町において「茹出しそば」を製造。長岡市内の各事業所・官庁に販売をはじめる。
1947(昭和22年) 長岡市呉服町(現本社)に工場を建設、現在の基盤となる。
1951(昭和26年) 合資会社山﨑製麺所設立。資本金30万円。
乾麺の製造を開始。
1953(昭和28年) 雪国に於ける乾麺製造は不適とし廃止。
この年米菓の製造を開始。
1957(昭和32年) 合資会社山﨑製麺所を発展的に解消。
越後製菓株式会社を設立。
1962(昭和37年) 本社米菓工場が火災で焼失。
1964(昭和39年) 本社に生麺工場(鉄筋コンクリート3階建)を建設し、製麺設備の近代化をはかる。
1967(昭和42年) 資本金300万円に増資。
新潟県学校給食委託加工工場の指定を受ける。
1970(昭和45年) 本社製麺工場(鉄筋コンクリート5階建)を増築。
生麺製造の充実をはかる。
1972(昭和47年) 小千谷市高梨町の工場用地買収に着手。
1973(昭和48年) 中小企業構造改善事業第一次計画により、三条市の有限会社 星野製菓所と合併。
小千谷市高梨町に10,000㎡の工場用地を取得し、高梨第一工場を設立。
包装餅の生産を本格的に開始。
1974(昭和49年) 中小企業構造改善事業第二次計画により、さらに高梨工場の用地買収を進める。
1975(昭和50年) 包装切り餅増産のため、業界に先がけクリーンルーム工場の高梨第二工場を建設(構造改善事業完了)。
資本金2,500万円に増資。
1977(昭和52年) 無菌化包装餅「クリーンパック」シリーズを発売。大きな反響をもたらす。
資本金3,500万円に増資。
1978(昭和53年) 長岡市永田町に永田工場を設立、「ライスヌードル」「焼きそば」の専門工場とし、麺類製品の拡充をはかる。
1979(昭和54年) 北魚沼郡川口町の工場を買収し、川口工場を設立。
米菓・包装餅の増産を開始。
「生かきもち」を発売。生切り餅「田舎もち」の発売を開始。業界に先がけた商品として注目を集め、生切り餅が市場へ台頭する先鞭をつける。
1980(昭和55年) 長岡市原町に原町工場を設立。
本社製麺工場を改築。
麺製品の充実を計る。
包装餅増産に備え、高梨第三工場の建設に着手。
資本金4,500万円に増資。
「生まるもち」を発売。
1981(昭和56年) 資本金9,000万円に増資。
1982(昭和57年) 長岡市内製菓会社より営業権の譲渡を受け、宮内工場とする。
東京駐在所を東京営業所に昇格し、埼玉県草加市に開設。
長野駐在所と札幌駐在所を開設。
1983(昭和58年) 最新鋭技術を導入した高梨第三工場「包装餅製造クリーンルーム工場」落成。
資本金18,000万円に増資。
1984(昭和59年) 小千谷市内製菓会社より営業権譲渡を受け、片貝工場、小国工場を設立し、米菓製品の増産体制整う。
関西営業所・東北営業所・名古屋営業所を開設。
札幌駐在所を札幌営業所に昇格。青森・郡山・岡山・福岡・長崎・鹿児島に各駐在所を設置。
無菌化個装餅「越後生一番」シリーズ本格的に発売。
資本金23,400万円に増資。
1986(昭和61年) 川口工場の生産能力倍増のため増改築。
1987(昭和62年) 米菓の焼きたて、揚げたて商品の直送新シリーズ「越の伝承」などを 発売開始し、大きな反響を呼ぶ。
郡山営業所・広島営業所を開設。
1988(昭和63年) 米飯製造無菌化ライン増設。
小千谷市片貝にトータル直送システムを備える片貝工場を着工。
1989(平成元年) 片貝工場第一期工事を竣工。
神奈川営業所、北陸営業所を開設。
1990(平成2年) 川口工場の増産のための大規模改築工事を行う。
徳島県に四国駐在所を開設。
日本経済新聞社「優秀先端事業所賞」授賞。
1991(平成3年) 山﨑彬代表取締役社長に就任。
島根県に松江駐在所を開設。
十日町市に鏡餅増産のための十日町工場を新規開設。
無菌化個包装餅の増産のためラインを高梨工場に増設。
1992(平成4年) 片貝工場に隣接する庭園「越風馨」を開園。
(株)越後天風を創業設立し、ギフト用商品を展開。
越後食品(株)に惣菜製造新工場を竣工。
高知市に高知駐在所を開設。
日本経済新聞社「優秀先端事業所賞十周年記念特別賞」授賞。
1993(平成5年) 高梨工場に無菌化個包装餅の生産ライン増設。
総合研究所内に世界最高レベルの超高圧試験装置を導入。
1994(平成6年) 新潟県経済振興賞を授賞。
第22回全国菓子大博覧会にて名誉総裁賞を授賞。
高梨工場に無菌化包装餅の生産ライン増設。
長岡市呉服町の本社新社屋新築工事着工。
東京都心に首都圏営業部を開設。
1995(平成7年) 本社新社屋新築工事を竣工。
片貝工場第二期工事着工。
高梨工場に寒づくり餅製造のため、極急冷ラインを設置。
沼田工場を開設。
1996(平成8年) 沼田工場に精米プラントを設置。
鏡餅の基地を沼田工場に新築。
1997(平成9年) 片貝工場第二期工事竣工。
鏡餅「橙付150g」を発売。翌年以降「燈付」が鏡餅の主流になる。
1998(平成10年) 日本食品科学工学会「技術賞」授賞。高松営業所開設。
1999(平成11年) CM放映開始(高橋英樹氏出演)。
沼田工場米飯ライン本格工事開始。
旭川工場(野村製菓内)開設。
太宰府工場開設。
2000(平成12年) 沼田工場超高圧処理米飯「越後のごはん」本格生産開始。
山谷工場開設。
超高圧処理米飯「越後のごはん」各賞授賞。
三方、末広を組み立て済とした個包装もち入り鏡餅「楽楽お飾り」を発売。
2001(平成13年) 社団法人ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞優秀賞」授賞。
日本食糧新聞社選定「新技術・食品開発賞」授賞。
山﨑彬代表取締役会長、星野一郎代表取締役社長に就任。
高梨工場にて、業界初の品質システムISO9001を取得。
2002(平成14年) 沖縄県に沖縄駐在所を開設。
2003(平成15年) 高梨工場ISO9001を2000年版に移行。
無菌包装餅「ふっくら名人」を発売。
2004(平成16年) 特許の有効活用により知財功労賞として「経済産業大臣賞」を受賞。
食品の高圧処理技術の開発が評価され 山﨑彬会長「文部科学大臣賞」を受賞。
経済産業省推進事業IT経営応援隊で「IT経営百選 最優秀賞」を受賞。
2005(平成17年) 東京・大阪で初の「商品展示説明会」を開催。
米菓「ふんわり名人きなこ餅」を発売。
無菌包装餅「越後生一番」商品にふっくらカットを採用。
超高圧無菌包装米飯 韓国事業開始。
2006(平成18年) 片貝工場ISO9001を取得。
鏡餅「押すだけポン160g」発売。
米菓「ふんわり名人 ごまだれ餅・チーズもち」発売。
2007(平成19年) 日本プロバスケットボールリーグに所属するアルビレックスBBを、OFFICIAL UNIFORM SPONSORとして応援
フリーピストン技術の開発を基礎に高圧処理米飯プラントの技術供与をした東遠F&B牙山工場(韓国)が本格稼働。
『食の高付加価値化に資する基盤技術の開発』が科学技術振興機構の「地域結集型研究開発プログラム」(超高圧を利用した食品加工技術の開発と商品化)に採択された。
ふんわり名人
・2007年下半期M1F1グランプリ(㈱Media Shakers企画)においてHot Pepper特別賞を受賞。
・第26回食品ヒット大賞(日本食糧新聞社制定)において「優秀ヒット賞」 《菓子・パン部門》を受賞。
2008(平成20年) 「ふんわり名人 きなこ餅」新製品人気コンクール菓子部門第1位。(サミット(株)主催)
沼田工場ISO22000を取得。
低アレルゲン化小麦のヒト摂取試験で、摂取安全性が確認された。
無菌包装餅「チーズ餅」「まるでつきたて餅」を発売。
2009(平成21年) 小千谷工場開設。(敷地面積150,000㎡)。
山﨑彬会長が「食品産業功労賞」(農林水産省後援)を受賞。
「ふんわり名人きなこ餅」が「世界が認める輸出有望加工食品40選」(農林水産省主催)に入選。
食品産業CO2削減大賞(農林水産省補助事業)で「優良賞」を受賞。
川口工場ISO9001を取得。
米菓「越後のあわ雪」「うまい!堅焼き」を発売。
宮内工場米飯ライン有機JAS工場として認定。
2010(平成22年) 小千谷工場 米飯ライン着手。
宮内工場 小麦の低アレルゲン化設備を稼働。
高梨工場敷地内に三碩人の頌徳碑を建立。
米菓「かちわりの種」「ころころミルク」を発売。
低アレルゲン化小麦のパン・麺・菓子などの販売を開始。
鏡餅「干支」「招き猫」を充填タイプから丸餅個装入りにリニューアル。
2011(平成23年) 伊藤満敏代表取締役社長に就任。
2013(平成25年) 星野一郎代表取締役社長に就任。