ENCYCLOPEDIA
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鏡餅の起源は詳細にはわかっていません。元禄時代(1690年頃)の書物に鏡餅の絵がかかれています。この頃には鏡餅を飾る習慣があったようです。

昔から餅は、ハレの日に、神様に捧げる神聖な食べ物と言われていました。鏡餅は餅を神仏に供える正月飾りであり、穀物神である「年神様」をお迎えるするためにお供えするものです。歳神様は新しい年を運んでくる神様と言われいます。
古来から、鏡(銅鏡)には神様が宿るとされ、神様に供えられてきました。丸い餅が、銅鏡に似ているからと言われ、丸い形には、家族円満を表し、重ねた姿は、「福を重ねる・円満に年を重ねる」という意味があります。一般的には大小2段です。月と太陽・陰と陽を表します。
昔は町内に賃餅屋さん(餅を搗いてくれる店)が何軒かあって、祝い事や正月に赤飯や餅を搗いてくれました。ところが、餅は数日でカビて真っ青になってしまいます。そこで餅メーカーがカビない鏡餅を作ろうと特殊パック入りの鏡餅を1980年前後に発売しました。スーパーでは、カビない鏡餅を望んでいましたので、短時間で全国に広まりました。現在では、鏡餅はスーパーやホームセンターで買うことが一般的になりました。

神様が祭られているところ(床の間、神棚、水神様、火神様)や厄払いしたいところ、大切な物や道具などに供えます。
日本の信仰は、生活を取り巻くあらゆる物に神様が宿るとされてきました。「八百万(やおよろず)の神」と言われるほど神様がたくさんいます。道具や、台所などに鏡餅を供え、物に感謝したり、いつくしむ日本人特有の文化のあらわれと考えられます。
最近の傾向は、核家族化、マンションなどの住宅事情(神棚がない)等の理由で、玄関や居間などに飾られるようです。
鏡餅を飾るのは、早くても問題ありませんが、「大安の日」や「12月28日」が最適とされることが多いようです。「八」が末広がりで日本では良い数字だからといわれ、縁起の良い日に飾られるようです。
12月29日と31日には鏡餅を飾らないほうがいいと言われてます。29日は9が「苦」で苦しみにつながるから縁起が悪く、31日は一夜飾りと言われ、「お正月の神様をお迎えするのに、たった一夜では誠意にかける」とか、「葬式の時には、『一夜飾り』になる為に、それに通ずるから避けた方がよい」という説などがあります。
鏡開きの日は地方により異なりますが、一般的には、1月11日とされています。神様にお供えした鏡餅を1月11日に下げて食べる風習を鏡開きといいます。神様の宿った餅を食べることで、ご利益をいただくと考えられています。
もち米を一晩水にひたし、水を切った後蒸気で蒸し、臼と杵でお餅を搗きます。大小2個に切り分けて丸めます。これを一晩冷やして硬くさせます。床の間に飾る時は三方に敷紙(四方紅)を敷き、お餅を重ねてお供えします。飾りには「しで」「橙」「末広」「昆布」などがあり、地方や家によって風習が異なります。

鏡餅は、刃物で切らず手や槌で割って食べる風習があります。「切る」という言葉を忌み嫌い「開く」と言う縁起の良い言葉を使います。
関東では歳神様がいらっしゃる1月7日までが「松の内」。神様にお供えした鏡餅は松の内が明けた1月11日に下げて食べます。この風習を鏡開きといいます。
松の内を15日とする地方では、鏡開きを15日または20日に行う場合があります。また、京都では1月4日に行われます。
鏡餅は、家に入って来た歳神様が山に帰る日までいらっしゃる場所です。神様の宿った餅を食べることで、ご利益をいただくと考えられています。鏡餅は、刃物で切らず手や槌で割って食べる風習。「切る」という言葉を忌み嫌い「開く」と言う縁起の良い言葉を使います。


橙は、青い実が冬になって赤味を帯び黄色に熟した後、春になっても実が落ちずに枝についたままで、翌夏にはまた緑色の実に戻ります。一度実がなると、4~5年以上落果しないと言われています。こうして何代もの橙が枝についたまま、新しい実を加えながら一つの木になっている事で、健康長寿の家庭・家族に見立て、家系代々の長寿・繁栄を願います。
床の間にお供えする鏡餅は、三方という台の上に半紙を敷いて飾ります。半紙は、四方紅という、4辺が赤く縁どられている物を使用します。四方紅は、災いを払い、1年の繁栄を祈願するものです。
四方紅がなければ書道用の半紙などを正方形に切り、使用します。三方の正面に、正方形の半紙の角が来るように敷きます。
神棚に小さめの鏡餅をお供えする場合は、半紙を正方形か長方形に切ってその上に鏡餅を乗せます。長方形に切った場合は、神棚から半紙が垂れ下がるようにして供えます。
神棚のお供えの配置は、地方によって風習が異なりますが、基本的な配置としては、中央に「お米」向かって右に「お塩」向かって左に「お水」となります。
さらに、毎月1日と15日や、氏神様のお祀りや家庭内のお祝いごとの時には、神酒やお酒、尾頭つきの魚!野菜、果物などをお供えします。その場合には、向かって左手前に「お米」 右に「お塩」 中央に「お水」 一番奥左右に「お酒」です。
鏡餅はそれらの真ん中の手前に敷紙や三方を用いてお供えします。
「よろこぶ」の意。古くは昆布の事を「広布」(ひろめ)と言い、喜びが広がる縁起もの。 「子生」(こぶ)と書いて子宝に恵まれるよう願うという意味もあります。
正月飾りを取り払う時期は地方によって異なります。関東では門松を飾り付ける「松の内」を正月7日までとしています。関西では15日までを松の内としています。この違いは諸説ありますが、昔の鏡開きは1月20日だったそうです。しかし、徳川家光が4月20日に亡くなったため月命日の「20日」に鏡開きを行うのは良くないと考え徳川幕府があった関東を中心に鏡開きは11日に、松の内も7日に変更したということです。
このことがうまく伝わらず、関西方面では15日までが「松の内」であり、同じ日に鏡開きもしているといわれています。
また、1月4日までが「松の内」とする地域もあり、住まいの市域の風習にあわせていただくのが良いでしょう。
一般的には、三方(さんぽう)と呼ばれる、神道の神事において使われる、神饌を載せるための台に白い奉書紙、または四方紅(しほうべに)という四方が紅く彩られた和紙を敷き、紙垂(しで)、裏白(うらじろ)、譲り葉(ゆずりは)の上に鏡餅をのせ、昆布(こんぶ)、橙(だいだい)などを飾ります。
地方や家によって飾り方もいろいろあり、串柿、勝栗、五万米、黒豆、するめ、伊勢海老などの縁起ものを盛るところもあります。
「ゆずり葉」を飾ります。新しい葉が出てから古い葉が落ちるとこに由来します。家督を親から子へゆずり、代々続くことを願う。
「裏白(うらじろ)というシダを飾ります。古い葉と共に、新しい葉が次第に伸びてくるので、久しく栄えるという意味です。
葉の裏が白いことから、心に裏が無い、清廉潔白を願い、かつまた白髪になるまでの長寿を願っています。(正式には、白い方を正面して飾られます。)
1月11日が鏡開きでお供えした鏡餅を下げて、神様からのご利益を家族でいただく日です。
鏡開きで下げした後の付属品は、小正月に行われる火祭りの行事が各地で行われる時にお焚き上げをしてもらいます。
以前は神社や田んぼ(刈り入れ後)で、1月14日もしくは15日の朝に行われる行事で、しめ縄やしめ飾りなどの正月飾り以外にも、書き初めなどを焚き上げる神事です。
近年は、環境問題による配慮や、野焼きなどの禁止でお焚き上げをする神社や寺社も少なくなってきています。またプラスチックの容器は持込を断られる場合もありますので自治体や各市町村の区分に従い分別ゴミとして出すところも多いようです。
神様にお飾りしたものを、ゴミで出すことは気が引けます。そういった場合は、通常のゴミと区別して、白い紙などに包み感謝を伝えお清めのお塩を添えて包んで出されると気分的にも良いかも知れません。
鏡餅は、ご家庭や会社の【主たる場所】にお供えするのが基本とされています。
大きめの鏡餅を玄関か床の間にひとつ置きます。
小さめの鏡餅は、神棚や仏壇に置くと良いでしょう。
鏡餅をお供えする基本的な気持ちは「感謝の心」です。供えする場所や大きさに特にとらわれることはありません。
神饌(しんせん=神様に献上するお食事の事)を、乗せる台を三方と言います。
飾り方は、三方や折敷の縁にとじ目がある方を手前にして、お供えするとされています。
越後製菓の「押すだけポン」は底ふたを開いて容器の天部から中のお餅を押し出します。
「開いてポン」は底ふたを開いて、底部分のツマミを左右に引くと容器が開きます。
出てきたお餅はお好みの大きさに切ってお召し上がりください。
「個包装入り鏡餅」は底ふたを開くと中に丸餅や切餅が入っています。
充填タイプの鏡餅を柔らかくする方法
①容器のまま鍋で煮て、柔らかくなったところでお湯から出します。お餅が冷めた頃に、容器ごと水中に沈め、底ふたを開いて容器からお餅を取り出します。
お湯やお餅でヤケドをしないようご注意ください。
②容器ごと、ご飯の保温ジャーの1昼夜入れます。(炊飯ではなく、保温です)容器の中のお餅が柔らかくなったところで、容器ごと水中に沈め、底ふたを開いて容器からお餅を取り出します。
お餅が熱い場合がありますのでヤケドにご注意ください。
餅が鏡餅容器に入った状態で、電子レンジでの調理は、過熱により容器が破裂する事がありますので行わないでください。。
関西の一部の地域で飾られています。火の神様にお供えします。
杵と臼を使った餅の搗き方
【前日】
糯米を用意し、前日の晩に糯米を研いでたっぷりの水につけておきます。
前日から臼には水を張り、杵はバケツなどに入れ水に浸しておきます。
【当日】
糯米を蒸し始める1時間前にざるに揚げて水分を切ります。
もちつきの場所にビニールシートなどを敷き、臼を運び、水を張っておきます。杵も水につけておきます。
お湯をたっぷり沸かし、保温ポットに入れておきます。
糯米を蒸し器で45~60分蒸します。火力は超強火で。食べてちょうど美味しいくらいの固さに。
もちつきの10~15分前になったら、臼、杵をお湯で温め、湯を2~3回ほど入れ替え、臼と杵を十分に温めます。 もち米が蒸し上がったら、臼の湯を捨て軽く拭き取り、もち米を入れます。(セイロごと臼に空けて、布巾とすのこを取り出します。)
杵でもち米をつぶしこねます。体重を掛けて米粒がだいたいつぶれればOK。この作業がもちつきの半分くらいです。途中で杵に付いたもちを取ります。
杵でつきます。杵にもちが付くようになったらお湯で湿らせます。 返し手はぬるま湯で手を湿しながら、もちを折り畳むように中心に集めます。一回つく度に一回返すのが理想ですが、何回かついてつく手を止めてから返してもよいでしょう。
途中に餅全体を持ち上げひっくり返します(1~2回)。粒がなくなってなめらかになったら出来上がりです。

日本では、古くから人間の力が及ばぬ自然に対して、目に見えぬ神の加護を求めて春には作物の豊穣を祈願し、秋にはその収穫に感謝する神祭が行われ、このとき迎えるべき神のために特別な神供を用意してきました。なかでも米は重要なもので、洗米だけでなく、餅、しとぎ、赤飯などにして供えられてきました。稲は一粒の種もみから多くの籾を結実させることから、稲自身に「神」の存在を感じさせるものがあり、餅はそうした米粒が凝縮するものとみなされて、新しく生命を更新、再生する特異な霊力が含まれていると信じられてきました。
そこで、祝い事や特別な日であるハレの日に、餅つきをするようになりました。餅つきは一人ではできないため、皆の連帯感を高め、喜びを分かち合うという社会的意義もあります。
お正月には鏡餅、桃の節句には菱餅、端午の節句には柏餅というように、行事食としても定着していきました。とりわけ日本の行事文化の大黒柱であるお正月はお餅が重要な役割を果たすので、年末に餅つきをするようになったのです。
ちなみに、奈良時代の法令「養老令」(718年)の中に出てくる「主菓餅」という役職が、文献における餅の初出といわれています。
「主菓餅」は菓子、雑餅などをつくることを掌るのが仕事でした。平安時代になって、年中行事が恒例化するにつれ、儀礼に際して様々な餅が登場してきます。正月には歯固めの餅鏡(もちいかがみ)、三月三日にはハハコグサを搗きいれた草餅、五月五日の端午の節句にはマコモやチガヤで巻いた粽(ちまき)を作ることなどがすでに行われています。しかし、この頃の餅は現在とかなり異なっていたと言われています。
各戸に臼と杵が普及したのは、江戸時代中期以降のことで、このころから日常食としての餅や餅菓子が発達し始めました。
庶民の間でも季節や催事ごとにつくる数々の餅ができてきましたが、菓子としての餅は砂糖の普及もあって江戸後期に完成し、私たちにもなじみ深い柏餅、桜餅、大福もち、安倍川餅、羽二重餅等が登場します。三月雛の節供の草餅に菱餅が加わるのも江戸時代でした。
個包装餅の製造工程は、
原料玄米→精米→洗米・浸漬→蒸し→杵搗き→成形→冷却硬化→切断→サイドカット→個包装→外装→箱詰→出荷
となっています。
枝豆を茹で、薄皮を剥いて潰し、砂糖と食塩を混ぜてできたずんだ餡を餅にまぶします。
一般的にはすり鉢などですり潰しますが、包丁やフードプロセッサなどで細かく切り刻むものもあり様々です。
餅と共に餡も水分を多く含むため長くはおけず、餡が乾いてしまうと餅も固くなり、風味が落ちます。

ごはんとして普段食べている普通のお米のことを「うるち米」といいます。これに対して「もち米」は、お餅やお赤飯、おこわなどに使われるお米で、うるち米が半透明なのに比べて、もち米は白く不透明で見た目も違いますが、大きな違いはでんぷんの成分にあります。
うるち米のでんぷんの成分はアミロースとアミロペクチンがおよそ2:8なのに対して「もち米」は、アミロペクチンのみでアミロースを含んでいません。このアミロペクチンがお餅の粘りのもとなのです。
「もち米」を食べる習慣のある国は東南アジア及び東アジア地域に広く分布しています。日本では昔から「もち米」を食べる習慣があり、赤飯やお正月のお雑煮に入るおもち、それ以外にもおこわやちまき、あられなど様々な形で味わうことができます。
糯米を用意し、前日の晩に糯米を研いでたっぷりの水につけておき、糯米を蒸し始める1時間前にざるに揚げて水分を切ります。 糯米を蒸し器で45~60分蒸し、食べてちょうどいい硬さだと、お餅がおいしく搗けます。
杵(きね)とは、臼と共に使い、おもに穀物の脱穀や籾すりなどに用いる道具で、日本では弥生時代から用いられてきました。
形状は大きく分けて竪杵(たてぎね)と横杵の2種があります。
棒状で端が太くなっている竪杵は歴史が古く、手杵(てぎね)あるいは兎杵(うさぎきね)とも呼ばれ、もともとは千本杵(せんぼんぎね)とも呼ばれる、もとは単なる長い棒であったが、中間の握り部分を細く、両端を太く加工し、握りやすく打撃の威力が増す両頭のものに発展しました。
杵本体と柄が垂直に交わる槌状の横杵は、打杵(うちぎね)ともいい、江戸時代になってから使用されるようになりました。柄と本体の比率は地方や時期によって違いがある。
手で扱うものの他に、水車小屋内に据え付けるものや、加工機械の部品として取り付けられるものがあります。
切餅は2個で90g~100gになります。丸餅は3個で約100gになります。カロリーで考えた場合は100gで約227Kcal です。ごはん は100g(軽くよそった状態)で168Kcal となります。おおよそですが切餅 1個 もしくは、丸餅 1個と半分でお茶碗半分くらいの量となります。

あんこのカロリーは使用している砂糖の量で変化しますが、一般的にはあんこ20gで49Kcalといわれています。
切り餅1個にあんこ20gをつけたとき、そのカロリーは176KCalとなります。

お餅は弾力が強く、歯ごたえもあるため、お餅を食べ終わったあと、食べたっていう満足感が生まれます。そして腹もちが良いので、お餅は間食を防いでくれる。この2つの効果で、食べる
お餅の腹もちのよさには、ちゃんとした理由があります。
①お餅はご飯よりも、炭水化物が25%ほど多い。
炭水化物は、糖分に置き換えられ、人間の体は、糖分が増えると血糖値が上がり、満腹感が生まれます。
だからお餅を食べると、満腹感を感じやすくなるのです。
②お餅にはアミロペクチンが多い。
お餅はもち米でできていて、もち米には、アミロペクチンというデンプンが多く含まれています。
アミロペクチンの粘りは、消化酵素での分解が難しく、長時間お餅がお腹に残ることになります。
このためお餅は、腹もちが良いといわれています。
ただし、お餅のダイエット効果を狙うのなら数に注意しましょう。
食べるのは切り餅の場合、2個までで、3個を超えると、お茶碗一杯のご飯よりも、カロリーが高くなってしまいます。

個包装餅の場合、賞味期限は製造後24ヶ月となっています。
開封後は冷蔵庫にて保存していただき、お早めにお召し上がり下さい。
カビの生えた餅を食べてしまうことで一番問題視されるのは、「カビ毒の一部が発がん性物質であること」です。
カビの中には、カマンベールチーズやみそ、しょうゆ、かつお節などを作る際にも有効活用されている「良いカビ」がある一方、人や動物の健康を害するカビ毒(マイコトキシン)を産生するカビも数多く存在していることが知られています。
穀類や豆類などは比較的カビの生えやすい食品ですが、この中にもやはりカビ毒を産生するカビがいます。
また、カビ毒の中には熱に非常に強いものがあるというのも厄介な点です。通常、食中毒の予防には食材にしっかり火を通しましょうということになるんですが、他の細菌やカビ本体が死滅しても、カビの産生した毒素は残っています。
それこそ煮ても焼いても茹でてもなくなりませんので、餅をしっかり焼いたから大丈夫というわけにもいかないのです。
また、カビの部分だけ取り除けば大丈夫というわけではなく、カビ菌は食品内部に株を張るように増殖していますので、目には見えなくてもすでに他の部分も汚染されていると見たほうが良いです。
カビのついた餅は廃棄しましょう。
餅には、様々な種類があります。
米を素材とする場合、もち米だけの餅とうるち米だけの餅、また両方を混ぜる餅があります。もち米を粒のまま蒸して搗く餅は、白餅などといわれ、一般的に餅といえばこの餅のことをさします。もち米とうるち米を混ぜて炊き、すりこ木などで半搗きにしたものがぼた餅、おはぎ餅、うるち米だけの半搗きを串に刺して焼くと五平餅となります。うるち米粉、もち米粉を使用する餅もあります。
米以外では、雑穀類、豆類、イモ類、葉をもち米に加えて作る餅もあります。
大豆を加えた豆餅、ヨモギの葉を加えた草餅などが有名ですが、アワを加えた粟餅、ヒエを加えたひえぬか餅、小豆を加えたあかあか餅、ゴマを加えたゴマ餅、ハハコグサを加えたとんご餅等日本各地で様々な素材を餅に搗きこんでいるようです。
また、もち米だけの白餅は調理の仕方によって様々な餅料理があり、雑煮餅、きなこ餅、あんこ餅、ごま餅、納豆餅等、各家庭で工夫しておいしく食べられています。
角餅は東日本、丸餅は西日本で多く使われています。
以前は関東関西関係なく、丸餅が使われていました。その由来にはいろいろな説がありますが、望月や鏡を模したからというのが有力です。
他にも、丸は魂を象徴するかたちであることから、「年のはじめに食べることで神の力を得ることができる」と考えられたという説や、丸は農作物の豊作を象徴することから縁起をかついだという説もあります。
関東で角餅が使われるようになったのは、江戸時代だと言われています。
江戸は他の地域に比べると人口が多く、いちいち餅を丸くすることが不都合でした。それによって江戸では大量に餅を生産するために切り餅が使われるようになり、関東に広まりました。ひとつずつ作る丸餅と違い、合理性を重視した結果、切り餅はのし餅さえ作っておけば、あとは切ってしまうだけなので便利でした。また、江戸は武家文化が大きく反映されており、武士が戦いを前に「敵をのす」という縁起を担いでのし餅を四角く切ってお雑煮で食べたことも影響しています。
「東日本と西日本」とは言いますが、境界線は農林水産省のHPでは、お雑煮文化圏マップが掲載されています。どこの地域でどのようなお雑煮の食べ方をしているか一目瞭然のおもしろいマップです。
これによると角餅丸餅の分け目は、天下分け目の「関が原の戦い」で有名な岐阜と滋賀の県境あたりなようです。
西日本では「角が立たずに円満に過ごせるように」という意味が込められた「丸餅」が主流です。特に京都では具に使用する野菜も全て丸く切るなど、「丸」に強い拘りが見られます。
東日本ではのし餅を四角形に切った「角餅」が主流です。これは江戸時代に人口が増加したため、一度に多く作れる角餅が広まりました。
また江戸は武家文化が大きく反映されており、武士が戦いを前に「敵をのす」という縁起を担いでのし餅を四角く切ってお雑煮で食べたことも影響しています。
西日本と東日本で違いのある形ですが、岐阜県と滋賀県の県境あたり、ちょうど関が原のあたりが境界となっています。
「杵臼の交」とは、身分をこだわらずに人付き合いをすること。
文字通り、杵臼(しょきゅう)の杵は「きね」で、臼は「うす」のことで、貴賤を分かたぬ交際とか、雇い人同士の交わりのことだが、他人に雇われて働くという意味にも使われます。
中国の後漢の時代、斉(せい)の宰相となった呉祐(ごゆう)が、まだ家にいて勉強していたころ、公孫穆(こうそんぼく)という若者が下男として住み込みました。穆は勉学の志を抱きながらも、貧しいために昼間は働き、ひまを見て勉強していました。彼の最大の仕事は、米舂(つ)きでした。若旦那の呉祐はあるときたまたま米を舂いている穆と言葉を交わす機会があり、ただの下男と思っていましたが、驚いたことにその見識には並々ならぬものがありました。そこで身分を越えて親交を結ぶことになり、そのきっかけは米を舂いている時だった(交わりを杵臼の間に定む)ため、「杵臼の交」という言葉が生まれました。
紅白という色は、ハレを意味し、祝いの席の紅白幕や紅白餅、紅白饅頭など縁起物に用いられています。
紅白餅など、赤と白が揃うとおめでたいとされる理由は諸説ありますが、有力なものとしては、
①日本人は昔からおめでたい事があると赤飯を炊き、餅を振る舞う習慣があり、ハレの日の食べ物として「赤飯と白餅」は全国的に一般化している。これが「紅白はおめでたい」という概念の基盤を形作っている。
②室町時代の朱印船貿易において、中国は日本向けの品物に目印として紅白の紐をかけていた。これが「献上品には紅白の紐」という誤解を生み、紅白の水引のルーツになった。
③赤が赤ちゃんというように出生を意味し、白が死装束の色のように死や別れを意味するところから、人の一生を表す。
④人間の生殖活動の象徴として、赤が女性の生理血、白が男性の精液を表す。
といったものがあります。

一般的には、三方(さんぽう)と呼ばれる、神道の神事において使われる、神饌を載せるための台に白い奉書紙、または四方紅(しほうべに)という四方が紅く彩られた和紙を敷き、紙垂(しで)、裏白(うらじろ)、譲り葉(ゆずりは)の上に鏡餅をのせ、昆布(こんぶ)、橙(だいだい)などを飾ります。
地方や家によって飾り方もいろいろあり、串柿、勝栗、五万米、黒豆、するめ、伊勢海老などの縁起ものを盛るところもあります。
飾る場所は、神様が祭られているところ(床の間、神棚、水神様、火神様)や 厄払いしたいところ、大切な物や道具などに供えます。
日本の信仰は、生活を取り巻くあらゆる物に神様が宿るとされてきました。「八百万(やおよろず)の神」と言われるほど神様がたくさんいます。道具や、台所などに鏡餅を供え、物に感謝したり、いつくしむ日本人特有の文化のあらわれと考えられます。
最近の傾向は、核家族化、マンションなどの住宅事情(神棚がない)等の理由で、玄関や居間などに飾られるようです。
上棟式での餅まきは、「散餅銭の儀」という災いを祓うための儀式の中で、餅と銭をまく事がもとになっているようです。 家を建てることは大きな厄災を招くという考えがあり、その厄を避けるために餅や小銭をまいて他人に持って帰ってもらうという説があります。
古い時代には、家を建てるということは、(地域)の共同体による共同作業でした。 「家を建てる」=「富がある」ということの象徴で、その富を地域の共同体で分け与えることで、厄災(家を建てられない人の嫉妬も有ったと思います)を避けるために、神饌であり保存食でもある『餅』や富の分配の形としての『小銭』をまく(分配する)ことが、地域の共同体の中での生活を円滑におこなうための習慣だったようです。
平安時代から鎌倉時代にかけて上棟式そのものの習慣が広まり、一般庶民も行うようになったのは江戸時代からだそうです。

容器に餅2切れを入れ、餅が隠れるくらいに水を入れ、1~2分電子レンジであたためます。
電子レンジでお餅をやわらかく調理してから、きなこを付けるとおいしく仕上がります。
きなこ、塩、砂糖をあらかじめ混ぜておきます。
容器に餅2切れを入れ、餅が隠れるくらいに水を入れ、1~2分電子レンジであたためます。
加熱した餅をとりだし、きなこにからめて出来上がりです。
伊勢餅とは、三重県伊勢地域に伝わるお餅です。
伊勢地域にある伊勢神宮は、江戸時代から「お伊勢まいり」に訪れる多くの旅人を迎えてきました。全国各地から伊勢の地をめざした旅人たちは、道中に手早く食べられ腹持ちが良いお餅を好んで食べたといわれています。
桑名から伊勢までの参宮街道は別名「餅街道」とも呼ばれ、街道沿いには「おかげ参り」の旅人をもてなす道中食として親しまれた名物餅があり、現在も多くのお店で楽しむことができます。
のし餅を切る際はとても硬いので、その硬いのし餅を切るには、包丁を30秒ほど温めると、切りやすくなります。
お餅は1日で食べきれない場合、つきたてのお餅は水分が多いのですぐにカビが生えてしまいます。保存方法としては、
①水餅
のし餅は水につけてカビが生えるのを防ぎます。蓋をして冷暗所に置き、水を毎日取り替えます。取り出して煮たり、蒸したりするとつきたてと同じようになります。ボウルに餅とひたひたの水をいれて電子レンジにかければより簡単です。
②乾燥保存
小さく、または薄く切り、乾燥させて保存し、あられにします。既に固くなってしまったものは塊のまま風通しの良いところで天日干しにします。何日もかかりますが自然にポロポロと小さく崩れてきます。油で揚げて塩をふって食べます。
③冷凍保存
つきたての餅は一つずつラップに包んで冷凍します。三ヶ月~四ヶ月はつきたての味が楽しめます。
④冷蔵保存
ラップなどに粉をよく叩いた餅を並べ、上から酒少々を吹きかけ、ぴったりと包んで冷蔵庫にて保存します。カビが生えにくくなります。
日本の年中行事の多くは中国の影響が強いのですが、雛祭りも菱餅もそのルーツは中国にあります。
古代中国で上巳節(3月最初の巳の日に厄払いをする行事)に母子草(ハハコグサ)を入れたお餅を食べる風習がありました。母子草とは春の七草のひとつ御形(ゴギョウ)のことです。それが日本に伝わりましたが、母子草を用いると、母と子をついて餅にするのは縁起が悪いと嫌われたこともあり、蓬(ヨモギ)を用いるようになりました。皆さんご存知のように、蓬は大変香りの良いもの。昔から香りの強いものには邪気を払う力があるとされています。ひな祭りに蓬餅(草餅)を食べる地方が多いのはその名残でしょう。
菱餅が三月三日の節供になるのは、およそ江戸期からのことです。江戸後期の「守貞漫稿」の菱餅の項では「女児の初めての上巳(じょうし)には上下青(蓬餅)、中白の三枚の菱餅を配る」と記されています。蓬餅の緑に菱の実を入れた白い餅を組み合わせたもの、つまり緑と白の2色だけでした。上巳とは三月三日のことです。
菱餅の菱形の文様は、水生植物のヒシの水面に浮かぶ葉の形を映すといいますが、なぜその形が用いられたのかの由来は明らかではありません。菱形の尖った形に魔除けの意味があると考えられています。
明治時代に入ると、ここに山梔子(さんしし。クチナシの実のこと)を入れた赤が入って3色になりました。赤は昔から魔除けの色として欠かせない色ですし、おめでたい色や桃の花にも通じます。
また、菱形は「心臓」を表していると言われ、災厄を除こうという気持ちや、親が娘の健康を願う気持ちが込められています。
ひな祭りの菱餅は菱台(三方)の上に置いて飾ります。
菱台は2つが1セットですので、菱餅、菱台はそれぞれ二つずつ用意しましょう。
また、菱餅は赤白緑の三色でできていますが、菱台には赤を上にして置きます。
七段飾りのひな人形を飾るときには、菱台に載せた菱餅を上から4段目、右大臣や左大臣の段に飾ります。
段の両端が右大臣左大臣、その次に膳を置き、菱餅は段の中央に二つ並べます。
ひな人形によっては、段や並べ方が上記の通りでないことがあるので、ひな人形を飾るときは説明書を読んで確認してください。

重ね餅とは「大小二つ重ねにした餅、御供え、鏡餅」と「四十九日法要に使われるかさもち」の2つの意味があります。一般的には鏡餅と同じ意味で使用されるようです。
一般的には、三方(さんぽう)と呼ばれる、神道の神事において使われる、神饌を載せるための台に白い奉書紙、または四方紅(しほうべに)という四方が紅く彩られた和紙を敷き、紙垂(しで)、裏白(うらじろ)、譲り葉(ゆずりは)の上に鏡餅をのせ、昆布(こんぶ)、橙(だいだい)などを飾ります。
地方や家によって飾り方もいろいろあり、串柿、勝栗、五万米、黒豆、するめ、伊勢海老などの縁起ものを盛るところもあります。 飾る場所は、神様が祭られているところ(床の間、神棚、水神様、火神様)や 厄払いしたいところ、大切な物や道具などに供えます。 日本の信仰は、生活を取り巻くあらゆる物に神様が宿るとされてきました。「八百万(やおよろず)の神」と言われるほど神様がたくさんいます。道具や、台所などに鏡餅を供え、物に感謝したり、いつくしむ日本人特有の文化のあらわれと考えられます。
最近の傾向は、核家族化、マンションなどの住宅事情(神棚がない)等の理由で、玄関や居間などに飾られるようです。
こごめ餅とは、もち米とうるち米を一緒に蒸し、餅にしたものです。福井、滋賀、京都などの一部では昔から各家庭で、お供え用・かき餅の後に、正月用の丸餅と一緒につくられていたようです。うるち米が入っているので、あまり伸びず、ほろほろと歯切れが良い食感となります。
磯辺餅がいつからあったかは定かではありませんが、板海苔が市場に出回るようになった江戸時代以降であると推測されます。焼き海苔や粉海苔を使い、磯辺に打ち寄せるワカメを連想させるので「磯辺」と名付られたといわれています。

四十九餅は、ひと臼の餅から四十九の餅と少し大きめの餅を一つ作り、四十九日(満中陰)の法事のときお寺に持参して、位牌の前に供えるものです。四十九個のお餅は、七個ずつ七段に積み重ねられ、大きめのお餅はその上に載せます。
この大きめのお餅を「笠餅(かさもち)」といいます。大きめの餅だけはお墓に持って行き、親族が少しずつ指でちぎって、塩をつけて食べます。 また、地方によっては、五十個の餅をお寺に持参しますが、それは途中で鬼に一個取られてしまう場所があるからだとか、または五十個の餅を作り、一個はお寺の前で兄弟が引っ張り合ってちぎり、後方へ投げる(兄弟餅)のに用いるとするところ、傘餅を人型に切り抜いて人形を作り、小餅を抱かせて屋根棟に投げるところもあります。 四十九餅は、古代インドから行なわれてきた、死者を祖先の位まで到達させるための儀式が、後に仏教に取り入れられたものと考えられます。
からみもち(辛味もち)とは、搗きたてのお餅に大根おろしと醤油をからめたものです。大根おろし餅ともいわれます。
手粉ともいい、もちつきの時、もちが手や板につかない為に使用します。通常は上新粉、片栗粉、あるいはコーンスターチなどを利用します。
力餅とは、食べると力が出るという餅で日本各地の郷土銘菓の名前などに使われています。 日本では餅は単なる食べ物というよりも、精神的価値の付与された特別な存在として扱われてきました。小正月の小豆粥に入れる力餅、春の田起こしのときに食べる力餅、正月の歳徳神の供え物である力餅、出産や誕生の力餅、葬式の際の力餅など、力餅と呼ばれる餅はとても多く、古来から餅の果たす役割が大きかったことを示しています。
くじらもち(鯨餅、久持良餅、久慈良餅)は、山形県新庄市・最上地方、及び青森県鰺ヶ沢町・青森市浅虫温泉付近で作られている菓子です。漢字では、山形で久持良餅、青森で久慈良餅とも書かれます。
もち米とうるち米の粉を水で練り、箱の中でのばし、ムキ胡桃・砂糖水を加えて、せいろで蒸したもので、味噌・醤油・餡など多彩な種類があり、鯨肉は入っていません。
山形県ではもともと桃の節句の時期によく作られており、由来は久しく持ちの良い食べ物ということで「久持良餅」であるとか、形が鯨肉に似ていることから「鯨餅」であるといわれているが真相は定かではありません。
韓国の餅と日本の餅は同じ餅の字を使ってもずいぶんと異なります。 まず、日本ではお正月に鏡餅を糯米で作りますが、韓国のお正月の白餅はうるち米で作ります。うるち米を粉にして蒸して搗き、手で揉んでソーセージのように丸く細長い白餅を作り、輪切りに切ったものです。お正月には、まず餅を祖先に捧げてから食べます。
韓国文化でも、餅は二百余種類あるといわれ、重要な意味をもつ食べ物のようですが、重要な意味をもつ儀礼の餅はこのうるち米の粉の餅であって、日本のような糯米の搗き餅ではありません。
正月用の餅搗きは、暮れの25日から28日までが多く、29日は九日餅、苦餅(苦を搗く)、31日は一夜餅といって餅搗きを避ける風習があります。
一夜餅が良くないというのは、お正月飾りは歳神様を迎えるためにするものを忙しなく一夜で用意するのは良くない、余裕をもってお迎えしよう、という理由、慌ただしい準備が、お通夜や葬儀の飾り方を連想させる、という理由、翌日、元旦に飾られることになる鏡餅が一晩ではしっかり固まらず、二段重ねの餅が沈んでしまって縁起が悪い、という理由等様々な説があります。
よもぎ餅は、餅を搗く際に蓬の葉を加えるもので、餅の種類の一つです。よもぎは、洗って煮沸した後、杵搗き段階の餅に加えて作ります。

日本のお米づくりの起源は3000年以上前の縄文時代、中国から九州に伝わりその後全国へ広まりました。

お米の種類はデンプンの成分による分類として、うるち米(アミロース15%~35%、アミロペクチン65%~85%)、もち米(アミロペクチンのみ)で分けられています。
稲の系統による分類として、ジャポニカ米、インディカ米、ジャパニカ米、酒米、古代米(赤米、黒米等)、香り米などがあります。
人気の理由は日本人が好む栄養バランス。お米の栄養バランスはアミロース、アミロペクチン、たんぱく質で構成されています。日本人は粘りの強い米を好む傾向にあり、コシヒカリは粘りや弾力、甘みなどのバランスが非常に優れているため、長い間日本人に愛されている食材となっています。 コシヒカリは当初福井県で開発されたましたが、生育に必要な条件をクリアしたのが新潟県や福島県等であり、コシヒカリと言えば新潟県といわれるようになっています。

新潟は信濃川や阿賀野川等多数の川から栄養分を含んだ肥えた水が平野に運ばれ、農産物を育てるのに格好の土壌となっています。また、米づくりに適した気候であること、日中と夜の気温差があることもおいしいお米が出来る条件に適っているようです。
個包装された米飯の製造工程は、
精白米無洗米処理→原料米計量→充填→加水→インナーフィルム包装→還元糖生成→高圧処理→水量調整→炊飯→TOPフィルム包装→冷却・蒸らし→目視検品→箱詰め
となっています。(越後のごはんの製造工程です)
レトルトごはんは、包装後に加圧・加熱(炊飯、殺菌)をおこなったものです。
無菌包装ごはんは、初めから無菌室内で炊飯・包装を行ったものになります。
弊社「越後のごはん」は製造から300日。
「日本のごはん」は365日となっています。
弊社「越後のごはん」は1パック(200g)286キロカロリーになります。
尺貫法による体積の単位です。 合→升→斗→石
米1合=534キロカロリー 100g=356キロカロリー
炊米1合=150g=180ml
150グラムです。
180~200mℓ(米重量の約1.2倍)です。
①米を研ぐ:たっぷりの水で2~3回替えてササッと洗えばOKです。
②水加減:基本的には炊飯器の目盛通りでOKですが、新米の場合は水分が多いので少し少なめにします。
自分の好みの水加減を探す。また、季節によって水加減を替えると美味しく炊けます。(夏は少なめ、冬は多め)
③炊く前には吸水すること:吸水しないでご飯を炊くとおいしくありません。
夏は30分、冬は2時間程度、お米を水に浸けたままにしておき、しっかり水を吸わせることが大切です。(ただし、給水時間が長すぎても良くありません)
④炊飯器でご飯を炊く場合、炊きあがった後すぐに蓋を開けずに10~15分程度蒸らすこと。その後しゃもじを使ってごはん全体をざっくりかき混ぜます。このひと手間でご飯がおいしくなります。

加熱方式で違う炊き上がり
| IHタイプ | 現在の主流でIH(誘導加熱)の原理を利用して調理、釜全体にまんべんなく熱を伝えふっくらとした炊きあがりになります。 |
|---|---|
| IH&圧力 | IHタイプの進化タイプ。圧力釜のように釜内の気圧を高めることでお米の芯まで熱を伝えハリとツヤのある炊き上がりになります。 |
| 電気タイプ | 従来からあるタイプで底面に置かれたヒーターの熱で釜を加熱して炊飯、火力はIHタイプやガスタイプよりも劣るが安価で長く親しまれています。 |
| ガスタイプ | ガスを利用することで火力が強く、炊飯時間も短くなります。ごはんの香ばしさを味わうことができます。 |
それぞれの特徴を理解して自分の嗜好に合ったものを選ぶことが大切です。
ミネラルウォーターを使用する場合は軟水を使用し、水道水を使用する場合はカルキ抜きをおこなえばおいしくごはんを炊くことができます。
カルキ抜きの方法は「一度3~5分沸騰させる」「半日~1日程度汲み置きしておく」「浄水器を使用する」などがあります。
沸騰した水を汲み置きをする場合は、蓋をしないで置くことが大切です。
米1合に対して水200ml、しっかりと吸水させ、季節によって水加減を微調整させることで美味しく炊き上がります
ご飯を炊く専用の土鍋もあり、安価なものもあります。一見難しそうですが、手順を覚えれば炊飯機よりも早く炊けるため時間の節約にも繋がります。
炊飯器の保温で保存するのはNG、冷蔵保存も水分が飛んでパサパサになる為NGです。
ごはんが温かいうちに1膳ずつラップに平たくして潰れないようにゆるめに包み、冷めたらジッパー付きの袋に入れて冷凍庫で保存しましょう。食べる時は常温では解凍せず、電子レンジで加熱します。
炊きあがったごはんをしゃもじで十字に割って上下をひっくり返すします。そうすると余分な水分が飛んで芯まで軟らかくなります。その後、茶碗に2回に分けてよそいます。よそうときはしゃもじで押しつけないようにしましょう。1回でよそうのはお仏壇にお供えするときのよそい方のためNGです。
ごはんが温かいうちに1膳ずつラップにいれます。平たくして潰れないようにゆるめに包み、冷めたらジッパー付きの袋に入れて冷凍庫で保存します。食べる時は常温で解凍せず電子レンジで加熱します。
炊飯などの加水加熱によって米のデンプンをアルファ化(糊化)させた後に乾燥処理によってその糊化の状態を固定させた、乾燥米飯のことです。
米の主成分は「炭水化物」、炭水化物は糖質と食物繊維、糖質は糖類と糖類以外のものに分類でき、ごはんの糖質は糖類以外のものに分類され、その代表格が米の主成分であるでんぷんとなります。
このことから、炭水化物の糖質は糖類ではないということになり、炭水化物=太る原因にはならないということになります。
欧米(特にイタリア・スペイン)では、茹でた米を、細かく切った野菜や肉と混ぜ合わせてサラダとして食べる事が多いです。
最近は日本でも玄米や雑穀を使ったライスサラダが作られています。また、白米は冷却することでレジスタントスターチが増え、健康維持やダイエットに効果的であることが示唆されているため、ライスサラダへの使用にも向いています。
炊きたてのごはんの場合は季節によって注意点が変わります。夏は0.5~1日、春・秋は1~2日、冬は2~3日、保存可能ですが、時間の経過によって風味が落ちることと、微生物汚染の原因になる可能性があります。
パック米飯の場合は未開封状態であれば常温保存でも賞味期限が長いです。
年々減少傾向で一人当たりの年間消費量が平成2年度で70.0kg、から平成25年度で56.9kgまで減少しています。
| 北海道 | イクラ醤油漬け |
| 青森 | 貝焼き味噌 |
| 秋田 | いぶりがっこ |
| 岩手 | 三陸海宝漬 |
| 山形 | だし |
| 宮城 | しそ巻き |
| 福島 | ウニの貝焼き |
| 茨城 | そぼろ納豆 |
| 群馬 | 下仁田ねぎラー油 |
| 栃木 | 丸ごとトマトキムチ |
| 千葉 | アジのなめろう |
| 埼玉 | 深谷焼きねぎ味噌 |
| 東京 | 海老屋總本舗 若煮たらこ |
| 神奈川 | たたみいわし |
| 山梨 | 煮貝 |
| 長野 | 野沢菜 |
| 新潟 | 鮭のしぐれ煮 |
| 富山 | イカの黒造り |
| 石川 | ふぐの子糠漬け |
| 岐阜 | 飛騨牛しぐれ |
| 静岡 | わさび三杯酢漬け |
| 愛知 | 手羽先唐揚げ |
| 福井 | 甘エビの塩辛 |
| 志賀 | 鴨味噌 |
| 三重 | 具足煮 |
| 京都 | ちりめん山椒 |
| 大阪 | 神宗 塩昆布 |
| 奈良 | 奈良漬 |
| 和歌山 | 紀州焼き梅 |
| 兵庫 | ぼっかけ |
| 岡山 | ままかり酢漬 |
| 鳥取 | あごちくわ |
| 島根 | 赤天 |
| 広島 | 黒鯛みそ |
| 山口 | 食べる雲丹醤油 |
| 香川 | いりこ |
| 徳島 | 卵かけご飯専用たまご |
| 愛媛 | じゃこてん |
| 高知 | かつおのなまり節 |
| 福岡 | 明太子 |
| 佐賀 | さしみ生のり |
| 長崎 | 鯛茶漬け |
| 熊本 | しょうゆの実 |
| 大分 | きゅうきゅう |
| 宮崎 | 飫肥天(おびてん) |
| 鹿児島 | 黒豚みそ |
| 沖縄 | 豆腐よう |
都道府県それぞれにご飯のお供は存在し、種類も豊富にあるので都道府県別に一つ挙げてありますがこれがそれぞれのNo.1ではありませんのであくまでも参考にしてください。
日本のすしは1000年以上前から存在しており、魚を塩と飯で漬け込み熟成させる「なれずし」であったとされる。
現在のようなにぎりずし(江戸前ずし)は江戸時代、「妖術という身で握る 酢の飯」『柳多留』文政12年(1829年 作句は1827年)握りずしの文献初出しとされており、諸説あるが、文政年間(1813年~1831年)頃に誕生したとされる説が有力。当時の江戸前寿司のネタの王様はマグロではなくクルマエビであり、シラウオ、ヒラメ、キス、サヨリ、アジ、コハダ 貝類などで巻ものは海苔巻くらいだった。現在の王様であるマグロは江戸時代末期に大衆店で取り扱いが始まった。
| パエリア | スペイン:鉄製鍋でお米や魚肉や肉などをオリーブオイルで炒め、サフランのスープを加えて炊き上げる |
|---|---|
| リゾット | イタリア:バターでお米と材料を炒めてから魚介類などと一緒にスープで炊いたもの |
| サルマ | クロアチア、バルカン諸国:米とひき肉とみじん切りの野菜を塩漬けキャベツやブドウの葉で巻いて煮込んだもの |
| カオ・パット・ サパロット |
タイ:パイナップル入りタイ風焼き飯 |
| ラクサ | マレーシア、シンガポール:中国のお米の麺とマレー料理のだしを使った料理。中華料理とマレー料理が合体したニョニャ料理の代表的なメニュー |
| フォー | ベトナム:牛骨や鶏がらスープにヌックマムや塩で味付けした麺料理(米粉麺) |
| パンシット・ ログログ |
フィリピン:米粉の麺に木の実で色付けしたソースをかける。豚、エビ、ゆで卵等を載せる料理 |
| ジョロフ・ ライス |
ガーナ:トマトシチューの炊き込みご飯。肉を載せたアフリカ風ピラフ |
| ピラウ | タンザニア:肉、玉ねぎジャガイモをぶつ切りにして炒めお米を入れて炊く東アフリカ、アラブ風炊き込みご飯でピラフの語源と言われている |
| ジャンバラヤ | アメリカ:スペインのパエリアが変形して生まれた料理、米・香味野菜・ベーコンなどを炒め、トマト・ハムなどを加えて炊き上げる |
| セコ・デ・ポロ | エクアドル:鶏肉を米とアボガドのスライスと一緒に煮込んだ料理。羊で作るとセコ・デ・チーボ |